大判例

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東京高等裁判所 平成8年(行コ)18号 判決

東京都千代田区一番町二三番地二

控訴人

共立酒販株式会社

右代表者代表取締役

古市滝之助

右訴訟代理人弁護士

亀田信男

井上励

和田元久

東京都立川市高松町二丁目二六番一二号

被控訴人

立川税務署長 下条親紀

右指定代理人

小尾仁

渡辺進

桑原秀年

高橋博之

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し平成四年七月七日付けでした酒類販売業免許を付与しない旨の処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二当事者の主張

当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1(一)  被控訴人が、酒販免許制度の根拠を酒類販売業者の倒産防止に求めていることは、間違いのないことと考えられるところ、酒類販売業者の倒産が防止できれば、酒税収入の保全に役立つとしても、その効果は全く反射的・間接的なものにすぎない。

酒類が酒税納入義務者である酒類製造業者から卸売業者(これには一次卸、二次卸がある。)を経て小売業者に供給される場合を考えてみると、酒類販売代金は、消費者から小売業者に、小売業者から卸売業者に、卸売業者から製造業者にそれぞれ納入されることになる。小売業者の乱立や過当競争が防止されて小売業者が倒産しないことにより、卸売業者の小売業者に対する酒類販売代金の徴収の保全に役立つとしても、その効果は、反射的・間接的なものである。更に、酒類製造業者の卸売業者に対する酒類販売代金の徴収の保全に役立つとしても、その効果が反射的・間接的なものであることはいうまでもない。小売業者や卸売業者は、卸売業者や酒類製造業者への代金の支払を直接の目的として営業しているのではなく、また、酒類製造業者は、酒税の納入を直接の目的として営業しているのではないからである。

酒販免許制度の目的が、酒類販売業者の堅実な経営、酒類の需給の均衡を通じて、酒税収入の保全を図ることにあると把握した場合には、小売業者の経営状況と卸売業者による代金徴収保全との関係、卸売業者による小売業者からの代金徴収状況と酒類製造業者による代金徴収保全との関係及び酒類製造業者による卸売業者からの代金徴収状況と酒税収入保全との関係が、それぞれ反射的・間接的であって、小売業者の経営状況から酒税収入の保全に至るまでに、三段階の反射的・間接的関係を累積して、初めて小売業者の経理状況の良さが酒税収入の保全に役立つという説明がつくことになるにすぎないのである。

(二)  最高裁判所昭和五〇年四月三〇日大法廷判決にいう「社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置」とは、その措置が直接に社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的を有する場合を指し、その措置の反射的・間接的な効果としてそのような目的が達せられる場合はこれに含まれないものと解すべきである。そうでないと、右判決が、原則として職業の許可制を否定する「自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置」についてみても、反射的・間接的には社会政策ないし経済政策上の積極的な目的に役立つことを認め得る場合があるので、判例によって確立された両者の区別が無意味なものになってしまう。しかも、右の効果が、反射的・間接的なものであっても、かつまた、それが数段階にわたる反射的・間接的なものを累積して初めて認められる場合であっても、これを直接の目的とする場合と同様に取り扱うことになると、すべては理屈の付け方次第ということになり、立法府が立法に当たってつける理屈次第で容易に職業の選択を許可制にしてしまうのである。このような結果は、憲法の保障する職業選択の自由を画餠に帰せしめるものであり、到底認められるものではない。

2  国税当局は、控訴人代表者古市滝之助が経営する東菱酒造株式会社等を何が何でも取り潰すという目的を持って対処してきたものであって、本件処分もその一環として控訴人を狙い撃ちにしてきたものであり、このことは、甲第一二一号証によって明らかである。

二  被控訴人

控訴人の主張を争う。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由説示のとおりである(ただし、原判決三五頁八行目の「約」を削る。)から、これを引用する。

一  控訴人は、要するに、酒販免許制度の目的が、原判決が判示するように、「酒税の適正かつ確実な賦課徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要」にあるとすれば、目的と手段との関係が余りにも反射的・間接的に過ぎ、職業選択の自由を制限して許可制とする根拠としての合理性がない旨を主張するものと解される。

しかしながら、控訴人が右主張の根拠として「小売業者や卸売業者は、卸売業者や酒類製造業者への代金の支払を直接の目的として営業しているのではなく、また、酒類製造業者は、酒税の納入を直接の目的として営業しているのではない」との事実を挙げているのは、小売業者、卸売業者、製造業者の営業目的と酒販免許制度の立法目的とを混同するものというべきである。右の点は暫く措くとしても、酒税の納税義務者とされた酒類製造業者のため、酒類の販売代金の回収を確実にさせることによって、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図ることは、目的と手段とのつながりに間接的な要素があるとしても、なお、重要な公共の利益のために採られた制度の合理性は失われないというべきである。

二  控訴人は、国税当局は、控訴人代表者古市滝之助が経営する東菱酒造株式会社等を何が何でも取り潰すという目的を持って対処してきたものであって、本件処分もその一環として控訴人を狙い撃ちにしてしたものであり、このことは甲第一二一号証(控訴人は、広島国税局間税部近藤某作成によって作成された課長会議秘密メモであると主張する。)によって明らかである旨主張する。

しかしながら、甲第一二一号証は、その作成者が表示されておらず、しかも文書の一部にすぎないものであって、その成立に疑問があるのみならず、全体の文意が十分に明らかであるとは言い難いものである。仮に、これが控訴人の主張する者によって作成されたものであるとしても、右文書には、「東菱関係者は最近、前述のように無免許販売業をする一方で、各地の酒類販売業免許者のうち、休業者又は経営内容不良業者の中に、従業員と称して入りこみ、あるいは、これを法人成りさせてその後に買収する等の方法で、合法、非合法を問わず、実質的に酒販業免許を取得し、営業の拠点にしようとする動きが見受けられる。関係各局署は、これに対して極力防御策を講ずるべく努力しているところであるが、当局管内においても同様な事態が生じないよう酒販業者に対する調査、業界指導の機会等を把えて、情報を早期に入手し、…」と記載されているにとどまるのであって、これによって、本件処分が、国税当局が控訴人ないしその代表者である古市滝之助を狙い撃ちにし、何が何でも同人らを取り潰すという目的を持ってされたものと認めるには足りないというべきである。

三  控訴人は、右のほかにも縷々主張し、本件処分は取消しを免れない旨主張しているが、いずれも前記の認定、判断を覆すに足りるものではない。そのうちの主な点を挙げれば、次のとおりである。

1  控訴人は、原判決が酒販免許制度の立法趣旨の根拠に関連して、「昭和一三年第七三回帝国議会における酒造税法の改正案の審議に際し、政府は、その提案理由として、酒税の保全を期するため酒類販売業につき免許制度を採用することとした旨説明している」との事実を認定したことについて、五八年前の政治家の演説を鸚鵡返しに再現して、立法趣旨の根拠にしていると批判し、「逆に…納税義務者である酒造業者の、蔵出し税への懐柔策として、一種の取引立法された事実が鮮明に浮かび上がってくる。」と主張する。

しかしながら、立法趣旨を把握するために、立法当時の立法府における審理内容を重視することは当然のことであり、右の審理が五八年前に行われたものであっても、何ら異なるところはない。また、仮に、酒販免許制度が一種の取引として立法されたとの事実があったとしても、そのことが直ちに右制度の合憲性の判断に影響を及ぼすものではない。

2(一)  控訴人は、酒税が国家の重要な財源であるとの認識は誤りであると主張する。

しかしながら、酒税の推移については原判決が認定しているとおりであり(なお、甲一五(酒のしおり)に記載された数値は、原判決が認定した数値よりも若干低くなっているが、弁論の全趣旨によれば、右の相異は統計の取り方に由来するものであることが認められる。いずれにせよ、結論に影響を及ぼすものではない。)、社会状況等の変化に伴い酒販免許制度を採用した当時と比較すると、酒税の国税全体に占める割合は相対的に低下しているが、未だ国税の主要な税目であること自体に変わりがないことは、原判決が説示しているとおりである。

(二)  更に、控訴人は、右の点に関連して、その後制定された国税収入の七・九パーセントを占める消費税を負担する販売業者もすべて免許制にしなければ法の下の平等を欠き、憲法二二条一項は空文化してしまう旨主張する。

しかしながら、被控訴人が主張するように、消費税は、消費に広く薄く負担を求めるとの観点から、殆ど全ての国内取引等を課税対象として、生産、流通の各段階で課税することとされ、その税率も三パーセントと低率であるのに対し、酒税は、酒類の製造業者を納税義務者としているので、納税義務者が特定の者に集中しており、その税率も高率で、その納税額も必然的に高額となる仕組みになっているなど、両者は著しく異なるものであるから、これを単純に比較して法の下の平等に反するとする控訴人の右主張は、採用の限りでない。

3  控訴人は、酒類は、冠婚葬祭の必需品であるだけでなく、百薬の長として、時に精神的薬の役割を果たして国民の健康に寄与し、物価動向の先導的付託にも十分に応えてきたものであるから、米とともに必需品としての性質を具備しており、単なる嗜好品ではないと主張して、これが嗜好品であることを前提として酒販免許制の合憲性を判断した原判決を非難するが、仮にその主張するような事実があっても、酒類が嗜好品の範疇に属することを否定することはできないというべきであり、右の主張を採用することはできない。

4  控訴人は、未だ酒販免許制度がなく、大恐慌の時代であった昭和四年から昭和七年ころでさえ、二パーセント台であった酒税の滞納率が、酒販免許制度が確立されて酒税の保全が確実になった筈の昭和二三年から昭和二八年ころには五パーセントから一〇パーセントにも増加していることを理由に、酒販免許制度が酒税の徴収保全の機能を果たしていない旨主張する。

証拠(甲二七)によれば、酒税の滞納率は、原判決が認定している事実のほか、昭和二年ないし昭和四年が一パーセント台、昭和五年から昭和七年が二パーセント台、昭和八年から昭和一〇年が一パーセント台、その後一パーセント未満で推移し、昭和一九年(二・五一パーセント)、昭和二三年(六・〇九パーセント)、昭和二四年(五・一〇パーセント)、昭和二六年(一〇・三〇パーセント)、昭和二七年(七・六四パーセント)、昭和二八年(二・二一パーセント)に高率となり(なお、昭和二〇年ないし二二年、二五年については不明である。)、その後、一パーセント未満で推移していることが認められる。しかし、時代的背景を無視して単純に酒税の滞納率を比較し、酒販免許制度が採用された後にも、それ以前よりも酒税の滞納率の高い年度があったことを理由に、酒販免許制度の必要性及び合理性を否定することは相当でないというべきである。

5  控訴人は、あらゆる酒類が自由価格である以上、酒税が確実に転嫁されているという証明ができないことを理由に、原判決が、酒販免許制度の立法目的として、「税負担の消費者への円滑な転嫁」を挙げたことを非難する。

しかしながら、被控訴人の主張するように、酒税の納税義務者である酒類製造業者は、酒税を納付しなければならないのであるから、酒類の販売価格の中に酒税相当部分を含めて販売し、酒類の販売業者も、酒税相当部分の含まれた酒類の仕入価格に利潤を上乗せして消費者に販売するのが通常であると考えられるのであるから、酒税が消費者に転嫁されるものと考えるのが相当であって、仮に個々の業者に右と異なる価格設定を行う業者があったとしても、法が徴税の仕組みとして酒税を消費者に転嫁する仕組みを採用しているものと解することの妨げになるものではない。

6  控訴人は、酒販免許取扱要領に書いてある口当たりの良い言葉とは逆に、実際の行政は、免許場数を締め付けて圧縮削減するだけが機能する仕組みになってしまった旨主張する。

しかしながら、証拠(甲一五、乙一七の1ないし10の各1、2、乙一七の11)及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉免許取扱要領の改正後である平成元年から平成六年までの一般酒類小売業免許の新規免許付与件数は、別表記載のとおりであること、〈2〉各年三月末日現在における酒類小売業免許場数(付与件数、取消件数、期限付酒類小売業免許、条件緩和及び休業場等の件数が加算、減算された結果出される販売場数)のうち全酒類を前年同期におけるそれとを比較してみると、控訴人が主張するとおり、平成元年が一三七件増、平成二年が八八三件増、平成三年が三〇一二件減、平成四年が一六一件増、平成五年が五九三件増となっていることが認められる(甲一五の「酒類販売業免許場数の推移」は、各年三月末日現在の免許場数を示すものであり、新規の免許付与件数を示すものではないから、右〈1〉の認定と矛盾するものではない。)が、右の数値から、控訴人の前記主張を裏付けることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

7  控訴人は、人口基準は、一五〇〇人に一場という基準は、全国で八万場あれば足りるという、およそ現実とかけ離れた机上の空論を弄ぶものであるなどと主張する。

しかしながら、人口基準は、原判決が説示しているように、酒類の販売場数と酒類の消費数量の地域的需給調整の見地から、小売販売地域の格付ごとにあらかじめ基準人口(A地域で一五〇〇人、B地域で一〇〇〇人、C地域で七五〇人)を設定したものであり、証拠(甲一五)によれば、右の基準を用いて運用した結果、本件処分時である平成四年には、酒類小売業免許場数が全酒類で一三万六五四五場となっていることが認められるのであるから、控訴人の右主張は、到底採用することができない。

よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 瀬戸正義 裁判官 川勝隆之)

別表

〈省略〉

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